Dr Kの医療コラム 健康の大切さ
私達は、自分達が健康だとそのありがたさに気づきません
失って初めてその価値に気が付くのかもしれません
豊かに幸せになるためには、先ず自分を大切にすることが第一歩です
臨床医学談義 その1 健康や病気の定義について
今回は健康や病気の定義についての話をしたいと思います。
日本の厚生省や世界保健機関WHOには健康の定義が明記されています
また病気に関しては、様々な医学書の教科書にいろんな病気に関して、その検査方法やクライテリアそしてその診断基準がしっかり書いてあります
医療は自然科学である医学に基づいて行なわれるためここの軸がぶれることはそうはありません。
しかし人間は百人いたらその個性は百通りあり、その人にとっての健康もいい状態も千差万別です
そう言う意味でも、真の健康の定義というものはまだまだ不確定なのもしれません
(人は社会で生きている動物なので、単に身体的なコンディションだけではなく、メンタルコンディションや家族や友達をはじめ人との関係、仕事場における健全な状態など、様々な要因が絡み合っています)
そう考えてみたら、検診でいろんな検査結果が正常だからといって、その人が完全な健康とは言えないかもしれませんね
私たち医者は豊富な医学知識や確かな技術スペックを常に研鑽しながら、絶えず、その患者さんにとっての真の健康とは何かと言うことを考えで、医療の手段を選ばねばならないと考えました
夢の病院作り計画 1 AIの活用法
私は日々、既存の概念にとらわれない新しいスタイルの病院や施設を自分達の手で創造することができないか考えています
これはある意味、自分のライフワークかもしれません
昨今、近い将来、人工知能AIに人々の仕事や居場所を奪いとられるというような悲観的な話題が聞かれますが、そうではなくこれから如何にAIを私たちの社会に活用していくかということを議論する方が大切だと思います
医療や介護の世界では、とにかく人手がかかります。また相手が人であるが故に基本的にミスはゆるされません
だからこそ、医療や介護の現場では人件費がかかり、またそれが問題となっていろんな施設ではコストが制限され、現場では疲労とストレスが常に蔓延しているとも言えるでしょう
人の治療やケアは本当に大変です
家族や一人遊び力ではどうにもなりません
ここに大胆に科学技術を入れていくべきだと思います
こんな当たり前のことに反対したり、規制を張っている理由がわかりません。
私たち有志が素晴らしいアイデアと経験を踏まえてガンガンやるべきでしょう!
Dr Kの医療コラム その4 医者としての姿勢
私たち医者は同じ同胞である患者さんを診察する際において、自分がどのような姿勢で向かい対応したらいいのか?ということを日々考えています。
きっとその姿勢やスタイルは各先生によって様々なことでしょう
私も25年間医者をしてきて、いろんな上の先生のやり方を見て、また実際に多くの患者さんと接し、少しずつ軌道修正しながら今のスタイルを築き上げてきました。
その中で私が得た一つの答えは、人間として患者さんとできるだけ同じ位置に立って物事を考えるということです。患者さんは老若男女いろんな人がいて自分とは全く違う人ばかりです。
しかし患者さんが、わざわざ嫌な病院に来るということはよっぽど体調が悪いのでしょう。
だからこそ、その辛さ、苦しさを持った患者さんに真摯に向かいこと。それが医師の基本です。
しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。辛いことがあるはずだと思い、できるだけその苦しさに共感して患者さんを診るようにしたいと考えています
そう考えると医者の基本姿勢ってやっぱりヒポクラテスの誓詞なのかもしれません
追伸)昔、私が私の大先生から聞いた話でよく共感することがありました。
それは医者が患者さんに元気を与えているだけではなく、医者も患者さんから元気を貰っているのだということです。
確かに自分がどんなに辛い時でも、患者さんと接していると何故か元気になれることが
多々ありました
結局、医者も患者さんも同じ人間であり、相手をRespectする姿勢が基本であることに改めて気が付きました
Dr Kの医療コラム その3 感謝
私事ですが、私の高齢の実母が容態が悪く、私に関係のある病院でお世話になっています
今迄、私の為にたくさんしてくれた母のためにできるだけのことをしてあげたいのですが私個人の力では何もしてあげられないことを痛感しました。
しかしロクに動けず少しせん妄の入った母を担当の先生、看護師さん、その他のスタッフの方々が本当に良く看てくれます。
改めて医療のありがたさが身に染みました
医療においては、いろんな設備やシステムも大事ですが理屈、理論ではなく、何より人をみる人が大切です
世界の人達もミサイルや核開発や月旅行ではなく、実際に人間を幸せにする医療について研究開発してほしいですね
これはきっと世界人類共通の願いだと思います
Dr Kの医療コラム その2 医療の本質
医療は誰のためにあるのでしょう?
それは言うまでもなく、人の為にあるものです。
でも社会の仕組みが複雑化し、いろんな事情が出てくるとその本質を見失いがちになる時があります
ややもすると、医療が患者さんの幸福のためでなく医療者や病院側、組織や企業、もしかしたら国家の都合などが優先されることも危惧されます。私は25年医者をしてきて、いろんな現場でいろんな経験をしてきました。
世の中綺麗事だけではどうにもならないこともたくさんあります。
しかし、それでも医療は人の幸せのために存在しているという本質を忘れてはいけません
この本質を忘れた時に、私たち医療者が進むべき方向を見失ってしまうことになってしまいます
Dr Kの医療コラム その1 医学の価値
私に外科手術を教えてくれた名外科医の先生が、私に医療や医学に関しての技術や知識だけではなく、いろんなことを教えてくれました
それらの言葉は現場を離れた今でも私にとって数珠の宝となっています
その一つを紹介したいと思います
その中に <医学はなぜ学問の中で価値が高いものなのか?>という問いがありました
その答えは。医学は直接、人を扱う学問だからだということでした
私たち医療者の仕事は、医学の真理に基づき同じ、同じ人間性を持って、自分たちと同じ同胞を診る仕事です。
そして医学は人間そのものを扱い、人の健康や病気そして人の生き死を学び、またそれを患者さんや社会に還元するための学問(自然科学)です
どんな人でもいつかは傷つき、病気になり、歳をとり、いつかは死を迎えるでしょう
その場面場面に医療は絶対的に必要とされます
自分や自分の大事な人が辛いときに、いろんな病気やけがを治してもらい、少しでも身体の痛みや苦しさが癒され、楽にしてもらい、いろんな仕事ができ、家族や仲間と豊かな生活ができることはありがたいことだと思いませんか?
だからこそ、その医療の根幹になる医学には無限の価値があるのです! もし医療や医学に価値がないと仮定したら、人間自体、社会自体に価値はなくなることにもなりますよね。
私は医療者として声を大にして言います
医療や医学には絶対的な価値があるのです