gokurakujiclinic’s blog

医療、医学情報の発信

細菌診療の難しさ

今朝、細菌とのいい共存環境整備診療の話を書きましたが、実はこれは、なかなか簡単なことではありません。

何故なら体内においては常にいろんな細菌が日々ダイナミックに移り変わっているからです。

その変化や状況を捕えること検査は中々可視化できません。

体内に通常いない病原体を検出するためにはいろんな検査法が確立されました

しかし常在菌の状態となると話は別です。

細菌培養検査はあくまで体外で取り出した検体を培養をしたものに過ぎず、実際体内で細菌たちがどのように住み着いて、どのように増えてどのように働いているのか?誰も見たことがないのです。

だからこそ、先ずそこを捕える何かしらの検査の確立が必要です(検体を取り出し、細菌の遺伝子解析から数量を推測する方法など)

細菌と共に生きて行こう

皆さん知っていましたか?私達の身体のいろんなところに多種多様な細菌が無数(1000兆)に生きています。

皮膚の上や口の中や鼻の中、胃や腸の中、気道の中また性器の中に至るまで、外界と直接通じている場所には必ず細菌が存在しています。

しかしこれは別に悪いことや怖い事ではなくて、私達はこれらの菌と共存して生きているのです。

特定の場所で特定の種類の菌が、ある一定の割合で存在していて、常にバランスが保たれています。

そしてそれらの菌たちはまた私達の身体の中に、いろんな有益な作用をもたらしてくれています。

例えば、腸管内の細菌が、食べ物を分解して、栄養代謝に寄与していたり、乳酸菌などの特定の細菌が群生して、人にとって有害な病原体が身体の中で増えるのを押さえてくれたりしています。

しかし私達が体調を崩してしまい(不用意に抗生剤を長い間使ったりすると)いい菌のバランスを崩してしまい、思わぬ感染を引き起こしたり、私達の身体の機能を低下させてしまうことになります(もしかしたら、いろんな病気の本態は、実は体内の正常な細菌バランスを崩していることが原因かもしれません)

そう考えると、元気で健康にいるためには私達は身体の中で、いい菌が居心地よく、生き生き活動してくれるような環境をしっかり押さえ整えることが大切な気がします

更に具体的に言えば、いろんな菌にとって居心地のいい条件(酸素、温度、湿度、酸度、栄養度)を押さえて、それが保てる快適な環境作りを考えるといったところでしょうか?

これからもう少し突っ込んでこの問題、調査していきたいと思います

街で急病の人に出くわしたら

先程、ある駅で、急に具合が悪くなって倒れた人の診療をしました(駅員さんから誰かお医者さんはいませんか?と言われたので診ました)

その方の病状は大したことなく、良かったのですが、改めて急に具合が悪くなった患者さんの診方について考えたのでご紹介します。

1.先ず意識のチェックです。呼びかけに応答できるか?簡単な問いかけに答えられるか?

*これができなかったら意識障害があります

意識障害を起こす疾患AIUEO CHIPSがありますが、ここでは割愛します

*意識があれば麻痺はないか?

*瞳孔の不正は?

2.次にバイタルのチェックです。

○呼吸はしっかりしてるか?どんな呼吸か?

○脈はどうか?脈圧は?不整脈は?

○体温は?末梢は冷たくないか?ショック状態はあるのか?

 

多分、医療機器や検査ができなくても、クリティカルな状態かどうかある程度の判断はできます。確かに慣れが必要ですが、皆さんももし周りで急病な方がいたら、参考にしてみて下さい

お役に立てたら幸いです

勿体無い

勿体無いとは、元々、本来あるべき姿を失って不都合が生じることを嘆き惜しむことから転じて、今では、物の価値を充分に活かせず、無駄にしてしまっていることを意味しています。

人の生き方や命もそう、私達のあるべき姿を大事にしながら、その価値を充分に活かせば、本当に満ち足りた人生が送れるのだと思います。

私達はなんで無駄な事やつまらないことに命や人生を使ってしまうのでしょう。

医者をしていると実家します。勿体無いと、でもかく言う私も日々そんな無駄でつまらないことを繰り返しています。人間ってなんでわからないんだろ

御霊病院通信 その6 生きると言うこと

生物の本質は、外界と絶えず様々な物質の交換を行いながら自己を維持し、様々な活動をしていること(動的平衡)です。

さすれば生きると言うことは、外界と物質のやり取りをすること、息を吸って吐いて、食べ物を食べて、便として排泄し、水分を補給して、尿として出す。ただそれだけです。当然、生殖行為もしかりです。

だからこそより良く生きるとは、この当たり前の営みをただ丁寧にするだけ。

生きていくためにそれらをして、それらをしているから生きていける。

この考え間違ってますか?

何故、人はこんな当たり前のことがわからないのだろう?

薬や機械が、生体の本態を動かしているわけじゃないっ!つーの!

現代医療に対する警鐘

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医療は「癒しのart(わざ)」であった伝統的な施術から、テクノロジーが持ち込まれ、「科学・機械医療」へと変容した。人々の「科学・機械医療」に対する純水な崇拝・信仰の状態が、1960年代まで続いた。
しかし、1960年代以降には、医療の効果を否定する資料が整い、医療が健康被害を与えていることが徐々に明らかになった。


1971年、アメリカ公衆衛生学会会長 ハーバード大学教授のカースは、衛生統計を分析し、次のように指摘した。
"現代医学の感染症予防措置や治療が、人々の平均寿命に寄与した" などと思うのは全く根拠が無い。医学的な措置・治療ではなく、むしろ環境や栄養の改善のほうが大きな役割を果たしたのである”

1973年、イスラエルで医師のストライキが決行された時には、診察する患者の数を1日あたり6万5000人だったところを7000人に減らした。そしてストは1ヶ月続いたところ死亡率が半減した
1976年、 コロンビアの首都ボゴタで、医師たちが52日間のストライキを行い、救急医療以外はいっさいの治療を行わなかったところ、ストライキの期間中、死亡率が35%低下した
1976年、アメリカ合衆国のロサンゼルスでも医者らがストライキを行った。この時は、死亡率が18%低下した。ストライキの期間中、手術の件数は60%減少していた。そして、医師のストライキが終わり、彼らが医療活動を再開すると、死亡率がストライキ以前と同じ水準に悪化した。

1977年、医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンの主幹のフランツ・インゲルフィンガー(英語版)は、現代医療が人々の疾病の治療に一体どのような役割を果たしているかを分析・検討し、次のような結果を得て発表した。
• 医療によって、疾患の予後に影響がなかった(=効果がなかった)ケース  80%
• 医療によって、疾患の予後が好転または治癒したケース 11%
• 医療によって、疾患の予後が悪化したケース 9%

一流医学誌のデータでこの事実が判明した。

 

この記事の中身を全て鵜呑みにするわけにはいきませんが、これはいつの時代にも通じる医療の在り方に対する警鐘だと思います。

それでは振り返ってみて現代の我が国の医療はどうでしょうか?

年々、医師を始めとする医療者を増やし、年間40兆円以上の医療費を費やし、医療は社会やそこにいる人々の健康や幸せにどれくらいの貢献をしているのでしょう?

そう考えると結局、健康や命は自分自身で創り守るしかないですよね。

医療の教科書 総論 その0 医療とは何か?

医療(Medical Care)とは何でしょう?医療は人の健康維持、回復、促進などを目的とした諸活動です。医療行為は経験的、科学的根拠に基づいて資格者が法制度を遵守し厳粛に行うものであり、医療者は医療を受ける患者さんの幸せに貢献するものを常に心がけなければなりません

言葉で言うと抽象的でわかりにくいですが

私自身の医療に対する見解は

1.医療はその利用者である患者さんの健康と幸せのために使うもの

(エンドユーザーである患者さんの健康と命を最大限に尊厳する)

2.医療は医学(自然科学)と経験の元に行うべきものである

3.医療は医師と患者さんがその内容に関して十分な説明と理解がなされた後に双方が合意し、医療の契約が成立した上になされる行為である

 

医療はそれを求める患者さんがいなければ成立しません。患者さんがいて始めて医療は成立するものです。

しかしまた医師は患者さんの要望に応えて全ての病気を治し、奇跡を起こす神様ではありません。医師は生命現象や病気、そしてそれに対する検査、治療を学び、その手立てを熟知した者に、医療行為の実施を許された資格者なのです

それがゆえにいい医療を成立させるためには、医療者と患者さんの双方が医療とお互いのことをより正しく知ることが何より重要なのです。